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チェロのある生活

日々の気づき

2025年も残りわずか。

チェロを習い始め、2年2ヶ月が経ちました。

自分のチェロ演奏の録音を聴き直しながら綴ります。

習い始めてちょうど1年頃には仕事が忙しくなり練習の時間が取れず、また、1年半頃今年の5月頃には自身の怪我により医者から演奏を止められブランクがちょこちょこあったものの、今日まで楽しくチェロの練習を続けてこれた。

これも家族(猫たち含め)の理解と先生、近所の工房の職人さんのおかげです。音楽とチェロがあって幸せです。

習いはじめの習熟の速度

エレキベースをかじっていたこともあり、レッスン開始の最初の1年間の実習スピードは調子が良く、曲目をどんどん進める事が出来た。

譜面がわずかながら読めることと左手の運指のハードルが低かったこともある。

42歳のオジさんが1年でスズキ・メソード4まで進めてしまうのは珍しいことだと先生も言ってくれました。

向き不向きはあれ、初級レベルというものはどんなジャンルも割とトントンと進む(先生の教える力も大きい)ものだと思われ。

しかしながら、スズキ・メソードを取り組んで感じたのが、YouTubeやSNSで拝聴するいわゆる「上手な人」とは決定的に自分の演奏するチェロの音質や音程やリズムや見た目や纏う雰囲気、、それらの全てが違う。「良さ」が無いのだ。

自主練を続けたところで、「少し上手な素人」になるだけだと感じ、このままだと聴衆、特に妻が「あぁ良い演奏だね」と言ってくれる気がしない。

自分の演奏を録音して聴くと一目瞭然。曲の第一音目から「棒弾き」のような、音に神経が通っていない演奏。

社会人が全くの新しい芸事を始め、一人前レベルに成長することの難しさをひしひしと感じます。

歳40を過ぎて世間的には、諸先輩からしたらまだまだ若輩者、新卒社会人からしたら老害とみられるような微妙な年齢、そうオジさんとなった今、学生の頃のような凝縮されつつも永遠のような時間感覚と研ぎ澄まされた心体感覚さえも無いうえに、お勤め時間と家族の時間との隙間のわずかな時間で、むしろ無限の時間を有するとも思える芸事の道中で何を得られよう?

いや、しかしながら、ただただ、オジさんの余生は音楽とチェロの深い楽しみを演奏している瞬間で味わってみたいだけなのです。

チェロの演奏の楽しみが生活の一部となり、そして上手になることを決意したのであれば、やはり自分なりに突き詰めたいのが大人の趣味である。

旋律への意識

今年はプロ(演奏をして生計を立てている人)の心掛け、意識、感覚や技術を中心に、先生から暖かくご指導いただけました。

幼少期の生徒とは教える内容や方法が違うと思われますが、レッスンの中で私の心に染みた先生からのお言葉を一つ。

演奏家のはしくれとして音楽を生業として少しでも世の中に貢献できるように1音に命をかけているんです。

です。痺れるほどグサッときましたね。

本当に実りのある年でした。よき師につけて幸せです。

2026年1月は教室の発表会があるので年末年始は練習あるのみ。

皆様におきましては新年は(も)よい一年になりますようお祈りしております。

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